My important place【D.Gray-man】
第36章 紡
「そうなんだ…」
まじまじと興味深そうに見上げてくる視線と重なる。
こういう話をしたことは誰にもなかったから、なんとなくその興味ある目には慣れない。
そんな視線から離れる意味でも、もう一度肌に顔を寄せた。
「っ!? 何、ちゃんと名前呼んだけど…っ?」
「しねぇよ。体痛ぇんだろ」
緩く抱き込んで、小さな肩に額を乗せる。
苗字なんざどうでもよかった。
それでも雪が呼ぶそれは、何故か他とは違う音色に聞こえて。
あんなに嫌っていた暗号名のような名前も、こいつのお陰でまた受け入れられた。
…俺とアルマのことなんてこいつは知らない。
でもこの存在は、俺の救いになってる気がする。
「…雪」
「?」
「お前に話したいことがある」
「…何?」
額はその肩に乗せたまま。
体温を感じながら紡いだ思いは、すんなりと口から零れ落ちた。
「今は言えない」
曖昧に伝えたもんでも、受け取ってくれた俺の"枷"。
過去なんざ振り返るつもりはないが…理由も聞かずに俺の枷になると言った雪には、伝えようと思った。
その"枷"の意味を。
もし伝えて尚、雪がそのことを飲み込んで受け入れたなら…俺もきっと今の俺と、真正面から向き合える気がする。
なんとなくそう思えた。
「お前が俺に伝えたいことを、吐き出せたら。その時は俺も云う」
これは雪の為じゃなく俺の為だ。
今の自分を今の自分で認める為の。
ゆっくりと顔を離す。
見えた顔はきょとんと不思議そうにしていたけれど、俺の言葉にその表情は消えた。
「…わかった」
微かに頷いて、その手は俺の頬へと伸びる。
「…待ってるね」
その言葉はローマで感じたものと同じ。
あの人と同じ言葉なのに、同じようには響かない。
雪だけが持つ言葉。
そのまま誘われるように顔を寄せれば、自然とその目が閉じられる。
唇を重ねて感じたのは他の誰でもない、一人だけ。
感じる体温も肌も呼吸音も、その鼓動も。
全ては一つ、雪だけのもの。
お互いの存在しか感じないその空間は、悪しきものなど何もない。
心地良さだけで満たされる、そんな空間だった。