My important place【D.Gray-man】
第49章 つむぎ星に願いを
朝靄が霧のように立ち込める広い庭。
早朝の靄も重なり、薄暗い屋外は右も左もわからない。
ぽつんとその場に浮いているかのようにも見える、装飾の施されたベンチ。
其処に男は一人、座っていた。
長い足を組み、肘掛けに頬杖をしたままぼんやりと空(くう)を見つめている。
はぁ、と無意識に零れ落ちたのは、ほんのりと甘みを残した吐息だ。
「随分と艶のある息を零すのう」
朝靄の中から足音もなく現れたのは、癖のある髪を更にぼさぼさにした青年だった。
寝起き直後か、寝間着姿のままベンチの隅に胡坐を掻いて座る。
いつもなら見るなり顰めていた顔を、特に歪ませることもなく、男──ティキは再び視線を空へと飛ばした。
「どうじゃった。雪との逢瀬は」
「…それ聞く為にわざわざ朝イチで此処に来たわけ?」
「そうだ」
「即答かよ」
「じゃって気になるからのう。ああも頑なに雪に会いに行くのを拒んでおったのに、雪が望めばすんなり足を運ぶとは。…主にも可愛げというものがあったんじゃな」
「男に可愛げなんて言われても嬉しくねぇよ」
相変わらずワイズリーの言葉には噛み付くものの、いつもの邪険にする空気はない。
空を見つめ続けるティキに習うように、ワイズリーもまた首を傾げ上げた。
「それで、雪の様子は?」
「言わなくても頭ん中覗くだろ」
「主の口から語ってくれれば、ワタシもあれこれ無作法に覗くことはせんぞ」
「……」
「ぬぅ。その目は信じておらんな…」
「全く」
しらっとした目を向けたかと思えば、再び視線を逸らす。
何もないはずの場所にばかり目を向けるティキは、全く別のものを見ているようにも感じられた。
彼だけが視た、雪の心の世界を。
昨夜、ワイズリーの能力によりティキを雪の精神世界へと繋げた。
実際に繋げている時間と、雪と出会えている時間は比例しない。
故にどれだけティキが雪と言葉を交わせたのかも定かではない。
ただ、こんな表情で戻ってきたティキを見たのは初めてだった。