My important place【D.Gray-man】
第46章 泡沫トロイメライ
確かな水が跳ねる音。
しかし先程のがく片から滴り落ちていた、涙のような雫音とは違う。
「あーあ」
溜息のような、しかし少しだけ笑みを含んだような声が届く。
この冷たい世界とは相反するような気楽な声に、雪ははたと気付いた。
(───あ)
聞き覚えがある。
この声は。
「そんな所に座り込んでたら、全身泥塗れ決定だな」
何故此処に自分は要るのか。
その理由に漠然と気付いた。
パシャン、と水場を打つ足音。
近付いてくる砕けた声に、雪はゆっくりと振り返った。
泥水の上を、まるで地面があるかのように歩いてくる一人の男性。
癖の強い黒髪に、切れ目の下の泣き黒子。
咥え煙草の煙を纏い、飄々とした態度を見せる。
(そうだ、私)
漠然と気付いた。
誰にも求められない、独りだけの世界ではない。
この美しくも冷たい世界で、自分を見てくれている者はいる。
それが彼。
ただ独り、痛みを抱えて哀しみに打ちひしがれる為ではない。
泥水に埋もれて消えていく為ではない。
此処は彼との出会いの場。
自分が此処に在るのはその為なのだと。
交わる視線に、雪は微笑みかけた。
「遅いよ、ティキ」