My important place【D.Gray-man】
第46章 泡沫トロイメライ
(消えろ。早く消えろ)
否定するように願を、目の前の光景に送る。
目の当たりにされ、突き付けられるから辛いのだ。
ならば見なければいい。
"見ぬは娯楽、知らぬは仏だ"
そう誰かにも諭された。
顔を背けていると、不意に足元に重みができた。
見下ろせば、透き通るような綺麗な水場が一面濁っていく。
泥水と化していく様に、はっと雪は顔を上げた。
目で追いかけた先。
手を繋ぎ、光の向こうへと消えていく男と女。
輝くばかりの光と、透き通る雫を持ち去り消えていく。
「…っ」
消えろと願っていたはずなのに、目の当たりにするとやはり心は亀裂を生んだ。
思わず手が伸びる。
「待っ───」
しかし光をも連れ去った空間では、暗闇の宙を虚しく掴むだけ。
「───て…」
呼び声は最後の一言まで届くこともなかった。
その場に取り残されるのは、いつも雪独りだけ。
「………」
どろりと重い泥水が、雪の脚を捕えて放さない。
その場から動くこともできず、伸ばした手の先には何もない。
「………っ」
伸ばした手先で拳を握る。
行き場のない想いを吐き出せずに、雪は顔を伏せた。
拳を握り、唇を噛み締め。
どろりどろりと、心の奥底に泥が沈んでいくようだ。
溜まっていくのは醜い感情。
(…要らない)
行き場もなく、吐き出せもせず。
ならばこの想いは、なんの為に存在しているのだろう。
自分が不要な者ならば、この想いも不要ではなかろうか。
そんな疑問がぼんやりと浮く。
堪らずその場に脚を折れば、冷たい泥が下半身を染めた。
真っ白な服に染みゆき別の色へと変えていく。
(私、なんで此処にいるんだろ…)
拳を解いて呼吸を戻せば脱力感に襲われた。
此処に自分がいる意味は何か。
名も顔もわからない者に想いを馳せても、結局は意味のないものと化す。
此処に自分が存在する意味はあるのか。
何も見い出せない。
暗闇の中に独り。
───パシャン
聞こえたのは、またも水音だった。