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My important place【D.Gray-man】

第44章 水魚の詩(うた)



先の言葉は出てこなかった。



「………」



重い沈黙ができる。



「……本当に…欲しいものは…手に入らなかったから」



それを裂いたのは、俺の心とは裏腹に静かな落ち着きのある雪の声。



「教団に入団する前…私、親の遠い親戚だって人達の所で、お世話になってたの」



落ち着きのある、と言うには語弊があるかもしれない。
か細い声だった。
俺と雪以外が発する音はなにもない牢獄の中だから、俺が沈黙を作れば雪の声しか存在しなくなる。

無音の空間に雪の声だけが静かに鳴り響く。
か細い感情の起伏が見えない声。
その声が不意に語り出したのは、俺の知らない時を過ごしてきた雪自身のことだった。



「其処には暖かい暖炉のある部屋も、手の込んだ手料理も、ふかふかのベッドも、あったけど…私にはなかった。…世話されてる身だから、贅沢はできないんだって。ずっとそう思ってた」



前に少しだけ、過去を話してくれたことがある。
花を食糧として見て、森の中で食えるもんをなんでも口にしていた雪は、随分と野生児のような逞しい生活をしていたんだと思った。
俺の誕生日にケーキを送ることを拘っていたのも、俺を祝いたい気持ちと祝われることへの憧れが半々にあるように見えて、贅沢な暮らしはしていなかったんだろうと薄々は感じていた。

だがどうやら、それは違ったらしい。



「だから、自分から親の下に行こうと思って、教団を目指したの」



こいつは貧困暮らしをしていたんじゃない。



「本当のお父さんとお母さんなら、私を愛してくれるんじゃないかって」



人に愛されない生活をしていたのか。



すんなりと納得できたのは、恐らく今までの雪を見てきていたからだ。
他人に簡単に心を開こうとせず、常に一歩距離を置いていたこいつを。
本当に欲しいもんには手を伸ばさずに、仮面を被って生きていたこいつを。

時折俺の目に垣間見えていた、幼いガキみたいな弱い雪の姿。
それはもしかしたら、本当に幼い頃の雪の姿が反映して見えていたのかもしれない。

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