My important place【D.Gray-man】
第12章 黒の教団壊滅事件Ⅴ.
真っ赤な手形の跡だらけの廊下の真ん中で、そいつは一人、突っ立っていた。
壁にべったりと、その手で赤い手形を付けながら。
「…何してんだ」
思わず漏れた俺の声に、ふらりと月城が顔を向ける。
生気のない白い顔。
朧気に空を見る目。
瞬時に理解した。
──こいつ、いつもの月城じゃない。
「ったく…ゾンビより厄介なことしてんじゃねぇよ」
舌打ち混じりに、大股で近付く。
普通には見えないが敵意は感じられない。
恐らく近付いてもゾンビみたいに攻撃はしてこないだろう。
「おい、月城!」
腕を掴んで月城を捕まえる。
見えたそいつの両手は、何があったのか。ズタズタに引き裂かれて、自分の血で真っ赤に染めていた。
「お前何して──」
「…ぃ…」
「あ?」
ぽそりと、俯き加減に虚ろな目で空を見る月城が、何か呟く。
「いた、い」
…痛い?
「いたい、のは…いや…」
ぽつり、ぽつりと。
壊れたテープみたいに紡がれた言葉は、まるでガキの声のようだった。
「なんで…おいて、くの…」
ぽつり、ぽつりと。
泣いているような声だった。
「お前…」
一体何があったのか。
問いかけようとして、それに気付く。
俺が掴んでいる、月城の細い腕。
そこに付いている、黒い痣のようなもの。
「…なんだこれ」
それはまるで人の手のような形をしていた。
体を見下ろせば、腕や首や足。
肌が見えるその至る所に、黒い手形が浮かんでいる。
それはまるで、月城の体に張り憑く無数の手のように見えた。
「あげないよ」
不意に、月城の声が変わる。
「ぼくがもらった、からだだから」
ぐりん、と顔を上げた月城の目が俺を見た。
ゾンビ化した奴のように、血走った目や血管を浮かせた顔はしてない。
いつもの月城の顔。
だがその生気のない暗い目は、どんよりと濁っていて。
「ひとりだけきれいだなんて、ずるいでしょ」
知らないガキの声で、そいつは笑った。