My important place【D.Gray-man】
第42章 因果律
「ピチチッ」
ぱたた、と小さな羽音が静かな朝に木霊する。
上げた視線の先は、ベンチの傍に植えられたジューンベリーの木。
高く空へと真っ直ぐに伸ばしている幾重もの枝々。
そこに朝日を浴びながら、軽い身のこなしで止まる小鳥が一羽。
黒い嘴を擦り合わせて囀りながら、首を傾げる仕草で見下ろしてくる。
その黒い両の目を見返す。
一通り視線を交えれば、もう後は容易いもの。
掌を軽く掲げる。
にこりと笑ってみせれば、枝を蹴った小さな体が滑るように舞い降りてくる。
一、二度手前で羽ばたいて、白と黒のその体はワタシの指先に大人しく止まった。
直接言葉で"主は貝だ"と罵るよりも、意識の奥底に"我は貝だ"と植え付ける方が、人は口を閉ざすようになる。
刷り込みとはそういうもの。
雪の意識の奥底に、ノアであること、あの男への想いの不必要性を植え付ける。
さすれば形の見えない人の心というものも、操ることができる。
他人から言いつけられるのではなく、自らが思うように仕向けるのだ。
"私はあの男にとって不必要な人間なのだ"と。
自分の意志とあらば、人はそこに疑問を抱かない。
「のう。御主もそう思うだろう?」
指先に止まったままの小鳥に笑いかける。
この小石程の脳の持ち主なら、一度の洗脳で充分だ。
"従順な飼い鳥"だという意志を刷り込んでやれば、意図も簡単に銃も弓も使うことなく、翼を持つ者も手中にすることができる。
本能に素直な分、人よりも操り易いかもしれん。
そして所詮は同じ生き物である人間もそうだ。
その心は時に何よりも勝る強きものだが、時に何よりも大きな障害となる弱きもの。
雪の心も少しずつ刷り込みで染めていけば、いずれはこうしてワタシの手中に自ら赴くようになる。
自分の居場所は教団にはない。
本当の居場所は、ノア(ここ)だけだと。