第1章 はじまり
俯き垂れたリエの髪から、ポタポタと雨の雫が落ちていく。
「……泣いて、全部吐き出せ」
「泣かない」
イタチの言葉にリエはそう即答した。
“忍者は涙を見せるべからず”
そんな忍の掟を、どこかで聞いたか見たかしたのであろう。
父親を守るという約束は叶えられなかったが、リエは少しでも強くあろうとしている。
父親との約束の為
そしてきっと、父親への弔いの為に。
肩を震わせ、目を赤くして
それでも少女は耐えようとしている。
その姿がなんとも哀れで
……愛おしくて。
イタチはぎゅっとリエを抱きしめた。
すっぽりと腕の中におさまってしまうほどの、小さな身体。
悲しみを一人で背負わせるには、幼すぎる。
「どんな優秀な忍であろうと大切な者を失えば悲しみ、泣く。それがどんな形であろうとも。
先生は……お前のお父さんは、リエに大切な者が亡くなって涙を流さないような非情な忍になってほしいなどと望んではいない。
……リエはとても優しい自慢の娘だと、お父さんは嬉しそうに言っていたぞ」
「………っ」
イタチの腕の中でリエの身体が強張るのがわかった。
「大丈夫だ。ここには、俺しかいない」
イタチの優しい声色と、温かい体温を感じて
リエの目から堰が外れたように涙が溢れた。
「っ………お…お父さぁぁん………うわぁぁぁっ!!!」
イタチにしがみ付き、声を抑えることなくリエは悲しみを曝け出す。
リエの涙に同調するように、雨が一層激しさを増したような気がした。
抱きしめた小さな体は、雨に濡れたせいで芯まで冷たくなっている。
それでも、彼女の涙だけは温かかった。
リエの優しさや、温かさがそのまま溢れ出したように。