第31章 暗闇
あれは、いつのことだっただろう。
ガラリと開いた扉の音から数十秒、一向に上がって来る気配がないので夕飯を作る手を止め玄関を覗いてみれば、雨が降っていたわけでもないのに、なぜかずぶ濡れのサスケが入口で佇んでいた。
「ど、どうしたのサスケ?!」
慌てて駆け寄るも、サスケは俯き黙ったままだ。
「そのままじゃ風邪ひいちゃうよ!すぐお風呂沸かすから、先にシャワー浴びて身体温めておいて」
「でも…床が汚れる」
彼のその言葉で、サスケが玄関で立ち止まっていた理由がわかった。
この状態で家にあがると床が濡れて、掃除が面倒だと考えたのだろう。
もちろん掃除をするのはサスケではないので、彼なりの気遣いだ。
「あ、ごめん、タオルが先だったか。でも、そんなこと気にしなくていいのに。拭いてる間にも身体冷えちゃうかもだし、そのままお風呂場行って、ね」
そう言って急いで風呂の蛇口を捻ってお湯を入れ、洗濯したてのタオルを持って戻って来ても、サスケは相変わらず玄関に佇んだままだった。
俯いた彼の見つめる先は自分の足元だったが、実際彼が何を見ていたのかはサスケ本人にしかわからない。
ただその雰囲気は、瞳の中の揺らぎは、今までとは違うと思った。
イタチが里を抜けてから、毎日塞ぎこむように沈んでいただけのサスケとは違う、何か。
漆黒の瞳に宿る……闇の兆し。
あのときからサスケは変わった。
きっとあの日が、サスケの中での分岐点だったのだろう。
揺るがない思いが彼を突き動かした。
自分では、彼の思いを変えられなかった。
全てが悪い方向へと墜ちていく。
進む先に光が見えない。
サスケと、イタチと、三人で笑いあった日々が
夢だったのではないかと思えるほどに。
青い果実 31