第1章 はじまり
『それじゃぁ、いい子にしているんだよ』
いつもと同じ笑顔で
いつもと同じ言葉をかけて
いつもと同じ大きな手で頭を撫でてくれた。
名残惜しそうに去っていく後姿も、いつもと同じだった。
明日も、明後日も、一年後も、十年後もきっと
ずっと変わらないと思っていた。
そんなことすら考える必要のないくらい
当たり前にあるものだと思っていた。
まさかその当たり前の日常が崩れる日が来るなんて
思いもしなかったのにーーー
青い果実 01
さっきまでの青空が嘘のように黒い雲が空を支配し、大粒の雨を降らせていた。
その雨の中、里の中心地から離れた森の中で少女は一人手裏剣を投げていた。
的に向かって懸命にひたすらと、ただただ投げ続けた。
しかし的には傷ひとつつくことなく、行き場を失った手裏剣が辺りに散乱し水溜りに浸かっている。
もうどのくらいこうして投げ続けているか、もはや少女本人にもわからなかった。
少女の手はすでにタコや皮剥けで赤くなり、所々血が滲んでいる。
ズキズキと、手が悲鳴を上げるかのように痛んだ。
握力もすでにほとんどなく、雨に濡れた手裏剣を握るのにも苦労した。
それでも、やめられなかった。
少しでも何かに集中していないと、身体を動かしていないと
闇の底へ落ちていってしまいそうで
ーーー怖かった。