第33章 腹いっぱい
「牡蠣殻さん。ひとつ聞いてもいいですか」
「ひとつと言わず二つでもいいですよ、干柿さん」
「今日は何の日ですか」
「?以前にも今頃こんな話をした覚えがありますが」
「しましたからね。覚えがあって当然です」
「ですよね。確か一昨年の十四日頃例によってクドいやり取りをしましたよね」
「十四日は過ぎて今日は十八日です」
「ねえ。早いもので彼岸の入りです」
「…彼岸ですか」
「干柿さんのお好きな言葉ですよね。あの世とか彼岸とか地獄の蓋とか削るとかへし折るとか生殺与奪とか…あれ?こうしてみるとまた随分ロクなモンじゃないですねぇ…」
「成る程。確かに私がよく口にするワードですね」
「ね」
「………」
「あれ?…凄い真顔でいらっしゃる…。何か間違いました?私?あの…すいません?」
「…だから疑問形で謝るのは止めなさい。謝って怒らせてはあなたも謝り損でしょう」
「…そうか…じゃあすみまないでした」
「……すみまないでした…?」
「すみまないでした」
「牡蠣殻さん。そんな日本語は何処にもないですよ」
「干柿さん。日本語に限らず言語は常に変わり続けるものです。概念は流動的なものなんですから、それを端的に自発出来る言語もまた流動せざるを得ないんですよ。廻る廻るよ時代は廻る。それを踏まえて、すみまないでした」
「……言ってる事は解りますがね。挙げ句辿り着いたのがすみまないでした?やっぱりあなたは馬鹿ですね」
「はいはい、馬鹿な私ですみまないでした」
「…よく考えればあなたが損をしたところで私は痛くも痒くもないですね。気を遣って馬鹿を見ました。あなたは一生謝り損をし続けて下さい。ロクでもない事を言って人を怒らせるより損した方がまだマシというものです」
「まーたプリプリなさる。カルシウム不足ですか、もう仕様がないですね。これでも食べて栄養がその規格外で厄介な総身に行き渡るまで黙ってじっとしてて下さい」
「…何ですか、これは?」
「何って柳葉魚ですよ」
「柳葉魚」
「あれ、まさか初めて見ました?」
「いいえ」
「じゃ何で変な顔なさるんです?柳葉魚はお嫌いですか」
「いいえ」
「……?」
「あなたこそ変な顔をするのは止めなさい。そんな顔したっていきなり隠しから柳葉魚を出すあなたがおかしいのに何の変わりもありませんよ」