第4章 これで萎えない鬼鮫は凄いー鬼鮫ー
確かに出掛けるときは晴れていた。晴れ晴れしていた。見事な晴れだった。
しかし、東の空には不穏な雲がかかっていて後の天気の崩れを間違いなく示してもいた。
季節は初冬、更には雪になるかならないかという時雨が不意に降り落ちる時節。
「東の空に雲がかかっているとドカ雪が降るんですよね」
「・・・西高東低の気圧配置の事ですか?ウロウロするのが身上の磯の人間だった割りにざっくりした気象知識しかないんですね・・・」
「や、もう体で知ってますからね、そういうの。知識とかじゃ追い付かないっていうか、身に付きすぎちゃって知識は煩わしいっていうか」
牡蠣殻がそんな調子のいい事を言っていたのがつい二日前だったので、鬼鮫もまさか彼女が空模様を無視して雨具なしに出掛けるとは思っていなかった。
三時にイタチと一緒に豆大福のお八つをすました後一人散歩に出た牡蠣殻は、雪に化ける寸前の時雨に降られて濡れ雑巾のようになって帰って来た。
ビタビタと水を滴らせて現れた牡蠣殻を見たイタチが、思わず息を呑むような打ちひしがれっぷりであった。
「全くバカですね、あなたは」
自室で牡蠣殻の頭をがしがしと拭きながら、鬼鮫は溜め息を吐く。
「濡れた服を寄越しなさい。ますます体が冷えますよ。湯に浸かって・・・」
「大丈夫です」
「どこが大丈夫なんですか。まずそのドテラみたような服を脱ぎなさい。どんどん体温を奪われますよ。腰の鞄は大丈夫なんですか」
「これは防水ですから」
揚げすぎた茄子の様な顔色で牡蠣殻はさっさと服を脱いで干し始めた。
いつもの膝丈の袷と徳利首の長袖を脱ぐと、厚手のきっちりした半袖と脚衣になる。日頃全く露出のない牡蠣殻なので、この姿は新鮮に映った。
「脱ぎ辛い・・・ッ」
さらには細身の脚衣までズルズルと脱いで、牡蠣殻はイライラと椅子に座った。
「寒いッ」
「そりゃそうでしょうね、そんな格好じゃ」
半袖に膝丈の脚衣で眉根を寄せて震える牡蠣殻から鬼鮫は目が離せなくなった。
「すいませんがお茶を淹れていいですか」
「どうぞ」
「干柿さんもお呑みになられますか」
「私はいいですよ」
「そうですか。では失礼」
椅子から立ち上がって、牡蠣殻はお茶を淹れ始めた。
「よろしければどうぞ」
鬼鮫の前にもお茶を置くと、自分は立ったまま煽り、あっという間に飲み干して卓に湯呑みを伏せる。