第21章 磯 其の二
海士仁は破門となり、里から姿を消した。
深水も阿杏也も何も語らない。海士仁という門弟は初めから居なかったように振る舞っている。
藻裾は驚く程怒った。泣きながら怒った。それを他人事のように眺めながら、牡蠣殻はぼんやりと藻裾を羨んだ。
汐田さんは真っ直ぐだ。いいなあ・・・
波平は前に増して優しくなった。里外に出ても怒らず、黙認してくれる。そのせいで長老連とまた揉めているらしいが、牡蠣殻を責めたり止めたりしない。しかし牡蠣殻には、それが見捨てられたか憐れまれているかのように思えて仕方ない。感謝の念と共に負い目が募っていく。
意外な事に、以前より人に触れられるのが厭ではなくなった。抵抗がある事に変わりはないが、どうでもよくなった。触られたから何だと言うのだ?ぼんやりやり過ごせばいい。
自分から触れる事はしない。必要ないからだ。人も我も好き好んで厭な思いをしなくともいいではないか?
上手く忘れたな、と思う。いや、忘れたのではなく考えないようになったのか。大事かも知れないけれど煩わしい事を。
時々フと思う。我から手を伸ばして触れたくなる相手が、私にも現れるだろうか。そんな風に思える大事な人が見付かるだろうか。
月日は淡々と流れる。珍しく里の外へ、仕事で出る事になった。護衛がつくような仕事だ。
いよいよ見捨てられたかな。
笑いながら、まあいいや、何だって、と呟く。こんな空っぽじゃな。要らないって言われても仕方ない。ただ危ない血の容れ物みたいなものだものな。
約束の宿で、何処の誰とも知れない護衛を待ちながら牡蠣殻はまたぼんやりと思う。
何かを、誰かを欲しがる気持ち。触れたくて手を伸ばす事。海士仁は馬鹿だけど憎めない。もしかして彼が羨ましいのかも知れない。
部屋の引き戸がガタガタと苛立たしげに叩かれた。
我に返った牡蠣殻は立ち上がって引き戸を開ける。
「はい?」
全てが変わる扉を何の気なしに開いて、牡蠣殻は丈高い男を見上げた。
ー了ー