第82章 【キョウフノキオク】
ゆっくりと立ち上がった不二くんが、社にむかって両手を合わせる。
真剣な顔で何かを願うその横顔を、不思議に思いながら眺め続ける。
「願い事……小宮山さんが早く嫌なことを忘れて、またいつもの笑顔に戻れるように……ね」
戸惑う私にチラッと視線を向けた不二くんは、そう静かな声で呟いた。
不二くん、私のために祈ってくれたんだ……
私、何度も嫌な思い、させちゃったのに……
学校で拒んだ時の不二くんの驚いた顔を思い出す……
それから、さっきの悲しそうな複雑そうな表情も……
不二くんはいつも優しくて……
本当にいつだって、すごく、すごく優しくて……
「ありがとう、ございます……私のために……」
目頭が熱くなり、滲む涙をそっと拭う。
ポツリと呟いた私のその言葉に、不二くんは相変わらず優しい笑顔で笑いかけてくれる。
「そろそろ帰ろうか、遅くなるとキミのお母さんが心配するね」
「あ、はい……でも、不二くんと一緒なの、分かってますから……」
「僕もだいぶ信頼されているんだな」
「当たり前です、不二くん、いつもちゃんと玄関まで送ってくれて、しっかり挨拶してくれるじゃないですか」
鳥居をくぐり神社を抜けると、立ち止まり秋の夜空を眺める。
ただでさえ寂しい秋の星空は、ここ東京ではその存在に気づくことすらできなくて……
「……僕のため、だよ……」
え?、一緒に並んで夜空を見ていた不二くんが何か言った気がして、でもその声はとても小さくて、聞き取ることができなくて……
「ごめんなさい、あの、もう一度……」
そう問いかけた私に、大したことじゃないよ、そう不二くんはいつもの笑顔で微笑んでいた。