第79章 【ワナ】
まだ人がまばらな朝の教室。
ドキドキする胸を落ち着かせ、手元の本に視線を落とす。
それは何も変わらない、いつもの朝の日常……
「璃音、おはよー!」
変わったのは、クラスメイトたちが挨拶してくれること。
それから、
「おはようございます、菊丸くん」
「……はよ……小宮山さん……」
私の方から英二くんに挨拶をすること。
そして、その返事が笑顔ではなく、気まずそうに伏し目がちでされること____
あの日、放課後の教室で寝ぼけた英二くんと抱き合って、その苦しみに気がついてから、また彼への朝の挨拶を再開させた。
英二くんは戸惑っていたけれど、私は構わず笑顔を向けた。
英二くんが私の笑顔を見たいって言ってくれたから……
例え寝ぼけていたんだとしても、私の笑顔に喜んでくれたから……
もちろん、全然、吹っ切れたわけじゃないから本当は辛いんだけど、私がいつまでも泣いていたら、英二くんが苦しい時に頼ってもらえなくなっちゃうから……
そんな私の変化に、あんたは本当にどんだけお人好しなのよ、そう美沙は呆れ気味にため息をついて、不二くんは、小宮山さんが決めたことなら僕はいいと思うよ、そう言って笑ってくれた。
とは言え、肝心の英二くんから何か言ってくることなんかなくて、相変わらず鳴海さんといつも一緒にいて、私とは目も合わせてもらえなくて……
やっぱり心はくじけそうになるけれど、自分で決めたことだから、そう何度も自分に言い聞かせた。
「英二先輩、お昼、行きましょ〜」
英二くんは何も変わらなかったけど、変わったのは鳴海さんのほうで、お昼や放課後、どうやら彼女のクラスは私たちより早く終わるのか、教室まで英二くんを迎えに来るようになった。
その度に私に笑顔で話しかけてくれるんだけど、すぐ隣で仲の良い様子を見せつけられるからすごく辛くて……