第75章 【ユウジントシテ】
「大人しく不二先輩にしとけばいいんだ……」
英二のことで落ち込む小宮山さんを元気付けるために、一緒にテニスをした帰り道、別れ際で海堂がボソリと呟いた独り言……
わざと彼女に聞こえるように言った海堂に、思わず怒りをあらわにした。
そんな僕と海堂のやりとりに、小宮山さんが戸惑っているのは分かったけれど、それでも気持ちは切り替えられなくて……
海堂にまで気づかれているのか……
僕の気持ちに気づいてないのなんて、もう小宮山さん本人だけじゃないかな……?
あ、あと桃くらいか……
桃はもともと他人の気持ちに敏感な方ではないし、特に今は自分のことで精一杯だからな……
そう、精一杯なんだ……
桃も、小宮山さんも、もちろん英二も……
それから僕自身も____
「周助、菊丸くんが来たわよ……?」
日曜日、自室のロッキングチェアでレコードを聴く僕のところに英二が訪ねて来た。
なんの連絡もなく突然自宅に訪問してくるのは、英二の場合、決して珍しいことではないけれど、ちょっと様子がおかしいみたい……、そう部屋に知らせに来てくれた姉さんの様子に不思議に思った。
「やあ、英二、突然どうしたの?」
「……うん、不二に……話が、あって……」
「話って……改まってなにかな?、とりあえず僕の部屋に行こうか」
「……いや、できれば、外で……」
普段、こちらの都合なんて御構い無しで、ズカズカと勝手に部屋まで上がり込んでくる英二が、出迎えた家族に愛想笑いすらしないでただ目を伏せるその様子は、確かに姉さんの言う通り、様子がおかしくて……
そんな英二の様子に、話の内容なんてだいたい想像はできて……
「……分かった、少し待ってて、すぐに準備してくるから」
英二を玄関で待たせたまま、自室へ戻り携帯や財布を準備する。
これから聞くであろう話の内容を思うと、少し憂鬱で胸の奥が重苦しく痛んだ。