第73章 【モクゲキ】
お昼休みになると英二くんがカバンからお弁当箱を取り出して、それから足早に教室を後にする。
英二、芽衣子ちゃんと食べんの〜?、なんて掛けられた冷やかしの声……
いつもなら必ず否定してたのに、今日はそれがないから本当にそうなんだと思う……
「璃音、一緒に食べよう?」
美沙の優しい声に、力ない笑顔を見せて、そらからちょっと考えて、あの……、そう話を切り出す。
「少し、1人になりたいんです……1人になって頭と心を整理したいんです……」
朝、あの東屋で英二くんに振られてから、ずっと不二くんや美沙が一緒にいてくれたから……
2人の優しさに慰められて、自分でゆっくり自分と向き合えてなかったから……
「……ん、分かった、何かあったらすぐにLINEちょうだい?すぐに行くから」
「はい、ありがとうございます……」
いつも私をグイグイ引っ張ってくれる行動派の美沙だけど、こんな時はちゃんと私の気持ちを尊重してくれる……
そんな美沙が本当に大好き……
通学カバンを手にすると美沙にペコリと頭を下げて、それからいつもの体育館裏へと向かう。
英二くんとの思い出が多すぎるからキツイかな?、なんても思ったけれど、そんなこと言ってたら彼との思い出がないところなんてどこにもなくて……
それに、やっぱりいつもの茂みの中に身を隠して座ると、その雰囲気はどこか落ち着けて、とても安心することができて……
良かった……今はまだ辛くても、大好きな場所を嫌いにならなくて済みそう……
きっとあの東屋も大丈夫だよね……
でもやっぱりお昼は食べる気にならなくて、お母さんには悪いけど今日は手をつけずに持ちかえろう、そう思いながら、いったん出したお弁当箱をもう一度カバンの奥底にしまい込んだ。
ふと目に止まった紙袋……
英二くんが作ったくれた学園祭のネコ耳……
ネコ丸と同じ毛色で作ってくれたんだ……
そっと手に取ると辺りに広がる英二くんの香り……
胸が苦しいくせに、もっとその香りに触れたくて、クンクンと鼻を近づけて何度もそれを確かめた。