第72章 【ゴメン】
「おはよう、英二」
美沙の怒った声。
はよ、市川……、英二くんが気まずそうに挨拶を返す。
もう私には挨拶してくれない……
それどころか視線すら向けてももらえない……
もちろん、私も英二くんをまともに見ることなんてできないんだけど……
「……璃音のことは無視?」
「美沙っ!」
美沙が私のことを思って怒ってくれるのはありがたいんだけど、それでも英二くんのことを責めてほしくなくて……
だって英二くん、凄く辛そうな顔をしているから……
きっと私のことだって、沢山考えくれたに違いないから……
「おはようございます、菊丸くん……」
まだ英二くんに笑顔は見せられそうもないけれど、それでも、英二くんが責任を感じないように、出来るだけ普通になれるよう努力しなくちゃね……
なんとか声を振り絞って挨拶すると、英二くんは聞き取れないほどの小さい声で、「はよ……」そう辛そうに呟いて、あとはすぐに立ち上がり教室から出て行った。
英二くんは始業ベルがなり、担任の先生が入ってくるギリギリに戻ってきて、それからも休み時間の度に教室から出て行っていた。
あからさまに避けられるその行動に胸が痛みつつも、どこかホッとしているところもあって、こんな事がいつまで続くのかな……なんて大きくため息をついた。
それでも休み時間になって英二くんが出て行くと、すぐに美沙が私のところに来てくれて、色々な楽しい話を沢山してくれたから、余計なことを考える時間がなくて良かったし、少しだけなら笑うこともできた。
私と英二くんのことは美沙以外誰も知らなかったし、学校で2人で会話するときはいつもLINEでだったから、私たちが気まずくなったことには全く気がついてなくて……
変に騒がれないから良かった……そう思う一方で、私と英二くんが付き合っていたことなんて、最初から全部私の妄想だったんじゃないかな……?、なんて、そんな気すらして寂しくも思った。