第70章 【ヤサシイウソ】
「それじゃ、本当にありがとうございました」
「本当にいいの?家まで送るよん?」
「いいえ、大丈夫です、もう本当にすぐそこなので」
青春台で電車をおりて徒歩十数分、住宅街の一角で芽衣子ちゃんが立ち止まる。
「バイトの時は普通に先輩後輩で」そう言い合ってからは何となくわだかまりもなくなって、普通にいろんな話をして……
もともと、あのカラオケ屋であんなことになるまでは、学校で楽しく話をしていたから、話そうと思えば話題には事欠くことなくて……
別れ際、本当にありがとうございました、そう言って笑う芽衣子ちゃんの笑顔は本当に嬉しそうで……
こんだけ可愛い子にそんな顔されて、今夜はいい夢が見れそう……、なんて幸せそうに笑われたらやっぱ悪い気はしなくて……
「んな大袈裟なんだって……、んじゃ、また明日、バイトでねん♪」
「はい、本当にありがとうございました」
「……あ、本当、学校では知らんぷりしててよねん?面倒だから、誰にも内緒だかんな!?」
「もちろんです、私、口はかたいから安心してくださいね?」
手を振り背を向けると、何度か振り返っては念を押す。
まぁ、芽衣子ちゃんの口がかたいのは、オレの女遊びがバレてないのを考えれば分かってることなんだけど……
「先輩、おやすみなさい!」
「……あ、ああ、おやすみ……芽衣子ちゃん……」
角を曲がる直前、芽衣子ちゃんに呼び止められて掛けられた「おやすみ」の挨拶。
毎晩、小宮山と掛け合うそれを芽衣子ちゃんとしたことに違和感を感じる。
頭に浮かんだ小宮山の笑顔……
ハッとして携帯を取り出すと、もういつも電話をしている時間を過ぎていて、慌ててLINEを開いて無料通話をタップした。
「は、はい、もしもし?」
1回目のコール音ですぐに通話に出てくれた小宮山……
いつものように、オレー、そう言う顔がにやけてしまう。
すれ違った会社帰りのサラリーマンに変な顔で見られて、慌てて締まりのない顔を隠した。