第60章 【クラヤミノナカデ】
「あ、もう、せっかくいっぱい練習してセットしたんですよ……?、人より苦労するんですから……」
英二なりに、僕の前では我慢していたのかな……?
小宮山さんは頬を膨らませながらも、英二に髪を撫でられて嬉しそうに笑う。
プラネタリウムの薄暗い明かりの中、寝息をたてる英二を、とても優しくとても愛しそうな眼差しで見つめていた。
自分にもたれ掛かる英二の外ハネの髪をそっと撫でて、それからまた人工的な星空に視線を戻したその瞳には、反射した星空ではない輝きが宿っていた。
隣の席に座っているはずなのに、そんな2人に果てしない距離を感じて目を伏せた。
『……不二、オレさ、本当に小宮山じゃなきゃ……ダメなんだ……』
『ああ、分かっているよ……』
そう、分かっている……
最初から分かっていることなんだ……
そっと包みを開けて小宮山さんとお揃いのブックカバーを取り出す。
ベージュ色のそれは小宮山さんの言うとおり、本当にしっかりと僕の指に馴染んだ。
『キミは……暗闇の中で何をみたの?』
頭の中で繰り返す幸村の声。
脳裏に焼き付いて離れない小宮山さんの柔らかい笑顔……
それから、小宮山さんのおかげでやっと前に進み始めた英二の穏やかな顔……
英二には小宮山さんしかいないから……
小宮山さんにも英二しかいないから……
じゃあ、僕は……?
僕にはいったい誰がいてくれるというの……?
アスファルトから湧き上がる陽炎。
容赦なく照りつける太陽は、僕の肌を突き抜けて心の奥までダメージを与える。
街路樹が作る日陰に逃げ込むと、木々の隙間から空を見上げ、そっと木漏れ日に目を細める。
「小宮山さん……」
僕のその呟きは、人ごみのざわめきによってかき消された____