第60章 【クラヤミノナカデ】
パコーン!パコーン!
朝の静けさの中、テニスコートに響き渡る壁打ちの打撃音とバウンド音、規則的なリズムで交互に繰り返す。
ハァ、ハァ、きれる息に跳ね返ってきたボールを手で受け止める。
ベンチに移動してボトルのスポーツドリンクを口に含むと、携帯の着信ランプに気がついた。
タオルで汗をふきながら確認すると、その差出人と内容に思わず頬をゆるませる。
『おはようございます、青春台駅前13時で大丈夫です。楽しみですね♪』
それは以前、小宮山さんとした約束の確認LINE。
良かった、それじゃ、あとで……、そうすぐに返信を打ち込んで送信すると、ベンチに腰を下ろす。
頭からタオルをかぶり目を閉じると、思い浮かぶのは彼女の控え目な笑顔。
フーッとため息をついて足元に視線を落とした。
「ゲーム不二、6オール、タイブレーク、幸村、トゥ、サーブ!」
全国大会、個人戦、決勝、立海幸村との一戦。
覚悟はしていたけれど、やはりそれは辛く厳しいものだった。
暑さと疲れに朦朧とする意識の中、なんとか食らいついて迎えたタイブレーク。
「そう言えば君は視覚を失った状態で、赤也に勝利したことがあったね……」
視覚以外も奪おうか……?、全てを凍らせてしまうような眼差し、一瞬だけ気後れした僕の心を容赦なく攻め立てた。
真っ暗だ……
何も見えない……何も聞こえない……
ボールを打つ感覚すら感じられない……
苦しい……辛い……
こんな気持ちになるのなら、もうやめてしまいたい……
テニスも……
小宮山さんを想い続けることも……
小宮山さん……?
何も感じられない暗闇の中、脳裏に浮んだのは空港での英二と小宮山さんの姿。
お互いを想い合ってただひたすら抱き合っていた。