第10章 【ホウカゴ】
痛い 痛い 痛い!!
何度も必死に握り拳で擦ったから、唇がヒリヒリと痛みを放つ。
いくらやっても不二くんの唇の感触が消えなくて、必死に唇を擦り続けた。
消えて 消えて 消えて!!
学園の王子様の唇を奪っといて、なんて酷い言いぐさだろうと思うけど、英二くん以外の唇の感触が気持ち悪くて、しかもそれを彼の目の前で、自分からしたことが尚更辛かった。
廊下の端まで何とか背筋を伸ばして歩いたけれど、そこを曲がった先の階段に崩れるように座り込む。
鞄に顔を埋めると、声を押し殺して涙を流した。
『なんなら不二も今度相手して貰えよ!不二ならオレ、全然構わねーし!』
その言葉を思い出し、唇以上に心がつぶれそうなほど痛んだ。
彼にとって私は所詮その程度の女で、私だけがこんなにも彼を好きで……
私は多分、本当に不二くんに求められたら、何でもない振りをして彼と身体を重ねるだろう。
私はいったいどこまで堕ちていくというの……?
そう思うとどうしようもなく涙があふれ、何度も何度も唇を擦り続けた。
「頑張ったじゃん、上出来っ♪」
気がつくと英二くんが私の横にしゃがみ込み、ニイッと笑っていた。
そんな彼は私の涙を指で拭うと、顎に手を添え顔を上に向かせて、それから赤くなった唇を親指でそっと撫でる。
そしてゆっくりと彼の顔が近づいてきたから、静かに瞳を閉じるとすぐに彼の柔らかい唇が私のそれに触れた。
不思議なことにその瞬間、あんなに嫌だった不二くんの唇の感触はすっかり消えて、大好きな英二くんに満たされていく。
唇が離れると英二くんは立ち上がり、あ、もし不二に誘われたらちゃんと応じてよね、まだ疑ってるみたいだからさ、そう笑って階段を降りていった。
私には他の人の相手をするように言って、自分は別の人を抱きに行くんだね……
こんなの、単なるオモチャだよ。
友達に簡単に貸せる程度の、なんてことないオモチャ……
もう一度鞄に顔を埋めると、しばらく声を殺して泣き続けた。