第50章 【フアンナオモイ】ヨウジキ②
「ったく……ふらけんじゃ、らいわよ!!ガキ産んれて、何が悪いって言うろよ!!」
朝まで飲み続けて酔いつぶれた母に毛布をかけると、そのままその中に潜り込んだ。
酒とタバコと香水のまざった香り……
懐かしむように鼻をクンクンさせた。
短い間だったけど、あの男が家にいるときは殆ど母のそばに寄れなかったから、母には悪いけど心の中では喜んでいる自分がいた。
母の香りを嗅ぎながら、その背中にくっついて眠りについた。
「お腹空いたら、なんか適当に食べなさいよ……」
お昼過ぎに目が覚めると、ビールの空き缶が散乱しているテーブルに、山盛りの灰皿でタバコを吹かす母親がチラッとオレに視線を送りながら髪の毛をかきあげた。
コクンと頷いて棚から少し古くなった食パンを引っ張り出すと、食べる?そう母の顔をのぞき込んだ。
2、3度、払うように手を振って、いらないと意思表示した母の隣でその食パンを口一杯頬張った。
母はもうご飯を作ってはくれなかったけど、2人で食べるパンはとても美味しく感じて嬉しかった。
それから日常が戻ってきた。
夕方、派手な格好で仕事に行く母を見送り、明け方酔いつぶれて帰ってきたら出迎える。
一緒に昼過ぎまで寝て、お腹が空いたら適当に何か食べる。
そんな普通ではない普通が穏やかに過ぎていった。
だけど、そんな穏やかな日々は長く続かなかった。
しばらくするとまた母が活き活きと掃除をし始め、英ちゃん、今夜は美味しいお料理作って上げるからね、そう笑顔でキッチンに立った。
この間と違ってその様子に嫌な予感しかしなかった。
不安から胸がドキドキした。
案の定、夕飯が出来る頃、部屋の呼び鈴がなり、甘えた声の母がドアを開けると、背の高いひょろっとした男が入ってきた。
「英ちゃん、この人がパパよ」
また母の背中に隠れて、それから小さい声で、こんにちは、そう挨拶した。
胸のドキドキがどんどん大きくなっていった。