第9章 【キクマルトエイジ】
教室の入り口からそっと中をのぞき込む。
菊丸くんはまだ来ていない……ってこの前もこんな確認したっけ、そう思って内心ため息をついた。
昨日は夕飯も食べれず、心配したお母さんが部屋に訪ねてきたけれど、何でもないと頭ごとかぶった布団から出る事ができなかった。
流石にこれ以上心配かけれないから、朝食はきちんと食卓についたけれど、いつもの半分も食べれなかったし、一度もお母さんの目を見ることは出来なかった。
自分が汚れてしまったような気がして、申し訳なくて辛かった。
平気な顔をして笑顔を作っていたけれど、お母さんは心配そうな顔で何度も大丈夫?と聞いてきた。
その度に大丈夫だよ、なんで?って何でもない振りをするのがまた辛かった。
「おっはよー、小宮山さん」
一番聞きたくない声が聞こえ、ビクッと肩が震えた。
顔を上げることもできずに俯いたまま無視する形になってしまった。
どうして普通でいられるの?
菊丸くんにとっては何でもないことなんだね、そう思ったらますます悲しくて涙が滲んだ。
誰にも泣き顔を見られたくなくて、慌てて立ち上がりトイレへとむかった。
滅多にならない携帯からメールの着信音がなり、今は一番見たくない名前がディスプレイにうつされた。
菊丸くん……
少し戸惑ってから内容を確認すると、それは『放課後、視聴覚室』と簡潔なメールだった。
当然、拒否権はないんだろうな、そう思うと胸が締め付けられた。
行きたくない……
でも、あの動画、消して貰わないと……
逃げても良いことなさそうだし、とりあえず行ってちゃんと頼もう。
……っていうか、そもそも頼むっておかしくない?
どう考えても菊丸くんの婦女暴行事件なんだから!
よし、強気にいこう、そう心に誓って顔を上げると、教室へと戻った。