第38章 【サイカイノトキ】
「璃音、ちょっといい……?」
夏休みに入るとあっという間に8月になり、気がつけば明日は母がイギリスに行く日になっていた。
最初に断ってから、お母さんだけでなくお父さんにも電話でイギリスに来るように散々説得されたけど、どうしても「うん」と言わない私に、璃音は本当に言い出したらきかないんだから、そう言って両親は呆れてため息をついた。
「日持ちするもの、少しは作って入れておいたから」
「ん、ありがとう……」
私がもう少しまともな料理を作れたら、こんな負担かけることなかったのに……イギリス行きの準備で忙しい母に余計な負担をかけさせて、究極の不器用な自分にため息をつく。
そもそも不器用以前に、素直にイギリスに行けば何の問題もなかったんだけど……
「璃音、髪、だいぶ伸びたわね……?」
何気なくお母さんがそう呟いて、それから、あって気まずそうな顔をする。
あの時、長かった髪を短くバッサリと切られた髪はすっかり元通りになっていて、それ程長い時が経ったことを物語っていた。
ただの世間話にいつまでも気を使わせるのが申し訳なくて、そんなことくらいで気にしないでよ、そう毛先を摘みながら笑顔をむけると、お母さんも少し申し訳なさそうに笑った。
「璃音、ちょっといらっしゃい」
そうドレッサーの前に立ちブラシを手にして母が言うから、少しくすぐったい気持ちで鏡の前に腰掛ける。
お母さんに髪をとかしてもらいながら、子供の時みたいだな、なんて懐かしくて暖かい気持ちになった。
「少し痩せたわね……」
「最近……夏バテ気味だから……」
本当に夏バテ?そう鏡の中の母がポツリと呟いて目を伏せるから、母は私の食欲のない理由も感づいているんだろうな……なんて思って何も言えなくなる。
英二くんのしるしに気がついていたお母さんだもの、そりゃ、それがなくなれば理由は一目瞭然だよね……
「イギリスに行きたくない理由も、本当はネコ丸じゃないんでしょ……?」
少し寂しそうに問いかける母に、ごめんなさい……そう小さく呟いた。