第37章 【サイゴノオモイデ】
「英二ー、夏休みになってからしょっちゅう来てるんじゃない?」
「そうかもー、だってここ、ヤり放題じゃん?」
オレにもたれ掛かる女の肩に手を回すと、唇を重ねてニイッと笑いブイサインをする。
ここはいつものカラオケ屋、カウンターの奥の通路の先にある別の顔。
相変わらずタバコとアルコールの匂いが充満しているその場所で、いつものように適当に時間を潰す。
学校があるときは週末しか来れないし、ここだけってわけじゃないから月数回ってところだけど、夏休みになってからはやっぱ気楽だし、なんだかんだと入り浸っている。
「英二、本当にタバコやめたんだねー」
「まーねー、真面目なコーコーセーだからー」
「って、いま飲んでんのなんだよ?」
「ただのレモンスカッシュだって、ちょーっと大人風味だけど!」
素直にレモンサワーって言えよ、なんて突っ込まれて、みんなでゲラゲラと盛り上がる。
ほーんと、こいつらといるとなーんも考えなくていいから楽だよな……
ここにいる奴らも根っからの悪い奴って訳じゃないんだけど、いろんな欲望に関しては青学の生徒よりずっと自分に素直で忠実で、まあ、人としてそれってどうよ?なんて思うこともあるけれど……
オレだってこいつらと一緒にいるのが、別に心から楽しいってわけじゃないんだけど、ただオレの過去なんて何も知らない奴らといるのはすげー気が楽で、「元気で明るい菊丸英二くん」に嫌気がさすと、ただの「英二」になって羽目を外す。
本当はここにいちゃいけないってことくらいちゃんと分かってて、だから家族には絶対バレるわけにはいかなくて、心配かけたくないくせに、結局、嘘ついてコソコソ遊び歩いてる。
「菊丸」なんて珍しい名字も知られたら家族に迷惑かけるかもしんなくて、だからこいつ等には下の名前しか教えてなくて、万が一のことを考えて小宮山にも名前で呼べって強要した。
ほーんと、オレ、そこまで気ぃ回して、何やってんだよ……
時々そんなふうにすげーそう思うんだけど、だったら来んのやめればいいのに、何だかんだと通い続けている。