第85章 【マドノムコウ】
コンコンとフライパンの淵で卵を割り入れる。
ジュッと音を立てて広がる目玉焼きをジッと眺める。
「……あんた、学園祭のミスコンっていつだっけ……?」
後ろでテーブルに皿を並べながら、下のねーちゃんが問いかける。
明日の午後、そう振り返らずに答えると、じゃ、私、その時間だけは絶対行かない、そうねーちゃんは冷たい声で呟いた。
家族に小宮山を捨てて芽衣子ちゃんと付き合い出したことがバレて、それに1番反発したのは下のねーちゃんで、他の家族は特に何も言わなかったけど、下のねーちゃんだけはハッキリとオレのことを責めてきて……
きっと他の家族だって何も言わなくても、本当はねーちゃんと同じ気持ちなのは分かっていて、なんとなく家に居づらくて、平日だっていうのに大石んとこや芽衣子ちゃんちに入り浸っていた。
「みんなの分、焼いたから……あとオレ、今日はもう学校行くね……」
「随分、早いのね……」
「オープニングイベントの打ち合わせあるから……」
テーブルに並べられたお皿全部に目玉焼きを乗せ終わると、エプロンを取って椅子の背もたれにかけ、そそくさとキッチンをあとにする。
家族の中にいて居心地が悪いなんて、この家に来てから初めてで……
自室に戻って制服に着替える。
毎回、指が止まる制服の胸のボタンは、小宮山が付けたあの歪んだままで……
何度も付け替えるって言う芽衣子ちゃんの申し出も断り続けたままで……
クローゼットからオープニングイベントの衣装と、明日のミスコン用に兄ちゃんから借りたスーツを取り出す。
今日はともかく、明日はこれを着て芽衣子ちゃんをエスコートする。
小宮山は、それをどんな想いで見るのだろうか……
あんなに避けられてるんだ……
もうオレのことなんか、嫌いに決まってる……
学ランの内ポケットから財布を取り出すと、しわくちゃのお札を数枚取り出してそっと指でなぞる。
小宮山がラブホに残していったそれ……
返そうと毎日持ち歩いているけれど、声をかけるどころか、顔を合わせるとすぐに逃げられて、それはまさに取り付く島もない状態で……