第12章 敗北のあと
「大丈夫だよ。だからそんな顔しないで。」
そっと手を伸ばして、孤爪の両頬を包む。
「……なに。」
「衛輔がいるから。」
優しく微笑む彼女の言葉が、ぐさりと胸に突き刺さる。
「衛輔がね、いてくれると、いろんなことが大丈夫になっていくの。だから、今回もきっと大丈夫。」
彼女のウソは見破れる。同時に、この言葉が何を意味するのかも、孤爪は知っている。
彼女が心から頼るのは、自分ではないということを。
「夜久さんは、かっこいいよ。強いし……。」
自分の顔に触れたままの凪沙の両手に触れて、そっと離す。
ふわりと柔らかく手を握り直すと、凪沙は不思議そうに見上げてくる。
「研磨?」
開けたままの窓から、さあっと風が吹き込んで、二人だけの教室を流れていく。
「いた……っ」
ぴくっと身体を震わせて、凪沙が目をつむる。風のせいでゴミが入ったらしい。
繋いでいた手をほどいて、目を擦っている。
「え、大丈夫?触らないほうがいいよ……。」
少しだけ屈んで、彼女の顔を覗き込む。
「うー……でも痛い……。」
「見せて。ほら。」
そっと手をどけると、目をぎゅっとつむったままの彼女の顔があった。静かに自分のそれを近づけていく。
全く警戒心はない。それが嬉しくもあり、悲しくもある。
先日黒尾に、凪沙のことはなんとも思っていないと言った。
それは本当のはずだった。
でもさっき彼女の傷ついた表情を見た時、自分のことのように苦しかった。
単なる同情なのか、憐憫なのか、それとも……。
今、このまま不必要に肌を触れあわせれば、彼女は間違いなく戸惑い、怯えるだろう。
そんなことはしたくない、でも、このままでは何も変わらない。
5限開始のチャイムが鳴る。
少し赤くなった彼女の右目を確認して、異常がないことを告げる。
目に見えないくらいの小さなゴミが入ったのだろう。
「遅刻だね。」
「ナギのせいだからね。」
「え、なんでよ。」
「なんででも。ほら、早く行くよ。」
もう一度、誰もいない教室を風が吹き抜けて行った。