第22章 【こぼれる回想と相合傘】
「出来れば学校でも縁下で通したいです。」
薬丸美沙だった少女は両親と力の前ではっきり言った。両親が卒業するまでは薬丸で通してもいいと言った矢先だった。
「どうせどっかで義理の兄妹やって露見するやろし、それに私だけ他所者みたいなん嫌です。私もうここんちの子やし。」
何て強いんだろうとその時力は思った。まだまだ新しい家に慣れないはずの人見知りでなかなか目を合わせない少女が目を合わせてそこまで言うとは思っていなかったのである。しかも少女は遠慮がちに付け加えた。
「ああでもその、お兄さんがどうしても困るんやったらやめときます。」
来たばかりの人見知りに気遣いまでされた。ここで薬丸で通してくれなんて言えるはずがない。死にたくないから縁下美沙になると自分でも決めた子にそんな無理をさせるなんてとんでもない事のように力には思えた。仮にも兄貴になったのなら根性見せないと、とすら思う。
「俺はいいよ。」
力は言った。
「確かに隠すもんでもないし。」
美沙は嬉しそうにした。こういう顔をする時はやっぱり可愛いなと力はこっそり思う。
「ときに聞かれたらどうします。正直に言うてええですか。」
「いいよ。勘ぐる奴は何もしなくったって勘ぐるだろうし。」
なのでクラスで騒がれても力は努めて落ち着こうとすることが出来たのである。後でわかったことだが男子排球部関係者も反応していて同じクラスで美沙から既に話を聞いていた谷地、深く考えていない影山、はなから訳あり編入生だときめてかかっていた月島以外はめちゃくちゃ驚いていた。清水ですらえ、と思ったというのだから相当である。
いずれにせよ編入生は全校集会でまぁまぁの衝撃を与え、しかしほとんど変わらぬ表情で拍手を受けながら壇上から降りていった。
「ホントあれは衝撃だったな。」
ここまで思い出を引っ張りだした所で成田が言い、田中がおうよと続く。
「まさかの縁下だったからなぁ。しかも後で聞いたら義理の妹って。」
「事実は小説より奇なりとは言うけどさ。」
ウシシと笑う木下の一方で西谷がそういや力っ、と声を上げる。とりあえず喋るなら食しているものを飲み下すべきだと思われるが西谷なのでしかたがないのかもしれない。