第2章 スタート
ただひたすら走った。
追いつかれないように。生きるために。殺されないために。
足はとっくに限界を超えている。それでも走り続けなければならなかった。
視界が涙でぼやけて、何度も転びそうになる。
足を止めたその時が、私の最後だ。
「誰か、助けて……」
助けを求めるが、その声に答えてくれる人はいない。
私にある選択肢は“逃げる”ということ以外になかった。
「ア゙ァ――――……ア゙――――……」
不気味なうめき声をあげながら追いかけてくる化け物。
確実に言えるのは、あれは人間ではないということだけだ。
見た目からして、いわゆる“ゾンビ”といった類いのものなのだろう。
目の穴から眼球がドロリとこぼれ落ちた時は、心臓が止まるかと思った。
ゾンビというと足が遅いイメージがあるが、あいつは違った。
けして速いわけではない。私が全力で走れば簡単にあいつを引き離すことができるだろう。けど、私の体力は尽きかけている。このままだといずれ私の足は止まり、あれに捕まってしまう。
捕まってどうなるかはわからない。
もしかしたら何もせずに見逃してもらえるかもしれない。
だが、同時に殺される可能性だって十分にある。むしろその可能性の方が高い。
泣きながら走る私のつま先に、何かが当たった。
「あっ……」
足がもつれ、なけなしの力を振り絞って走っていた私の体は、床に叩きつけられる。
頭が近くにあった瓦礫にぶつかった。
頭から流れてくる血が目に入った。頭も目も体も痛い。
なんとか体を起こして後方を見ると、ゆっくりと近づいてくる化け物の姿が見えた。
だいぶ距離があったはずなのに、もう追い付かれてしまったようだ。
「いやだ……」
捕まりたくない。死にたくない。
動かない足で立つのを諦め、腕を使って這いつくばりながら前へと進む。
これではすぐに追いつかれてしまうことが目に見えている。
それでも、諦めて死を待つだけなんて、絶対に嫌だ……!
「誰か……誰か助けて……!」
――――私が叫ぶと同時に、その音は聞こえた。