第5章 漂う紫煙
「…………」
「…………」
すたすたと草履の音だけが響いている。
風間さんはただひたすら前だけを見ていて、こちらを見る素振もない。
その方がいいのかもしれない。……私はまだこの人を信用できないから。
そんな無言の時間がしばらく続いた時――ふわり、と目の前で白い何かが舞った。
空を見上げると、墨汁を垂らしたようなどんよりとした中から、ひらりひらりと雪が次々と落ちてきていた。
「雪だ……」
思わず足を止めて、手を伸ばす。手のひらに降りた雪はすぐに溶けて消えた。
私の足が止まったのに気づいた風間さんも、同じように空を見上げていた。
「雪は儚い。まるで人間のようだ」
風間さんがぼそりと呟く。私は何故かそれに反論していた。
「例え雪のように儚い存在だとしても、人にはいいところが沢山あると思います」
「フン……お前は人間に滅ぼされた一族の生き残りだと言うのに、まだ人間を信じるか。……やはり、お前は面白い。それでこそ我が嫁に相応しいというものだ」
そう言うと風間さんが三歩の間を詰めた。
何かされる! と身構えた刹那、頭にポンと暖かい何かが乗せられた。それが風間さんの手だと理解した頃にはもう、温もりは離れていた。
「土方に伝えろ。お前を自由にさせて、今日のようなことがまた起こるのならば、問答無用で奪い取りに来る…とな」
パッと目の前に立つ建物を見る。それは見慣れた屯所の門だった。いつの間にか着いていたらしい。
「あ、ありが……」
お礼を言おうと風間さんのいた方を見たが、そこにはもう姿は無かった。
撫でられた頭に手を当てる。あれはなんだったんだろう……
頬に集まった熱を出すように頭を振り、私は屯所の門をくぐった。
ふわりと現れてふわりと消える。まるで煙のような彼に恋をし、一緒の道を進むのは――もっと後の話。
了