第10章 重なる影
千里side
桜か、藤か。
爽やかな風が頬を撫でる朝。
千里は目の前の男物の着物と女物の着物を凝視していた。
何故こんなことになったのか。
それはあのとき気絶していた自分には知るよしもないことで。
千里は眉間にシワを寄せ、彼らを信用するべきかしないべきかを悩みながら、また男物の着物を手に取った。
あえて女物でいけば見つかりにくい?
いざというときに下を切り裂いて動きやすくすればいい話だし。
でもなかなか此方の男物の着物も綺麗な色をしている。
くだらない迷いごと。
それは彼女にとっては心地よい時間でもある。
うーん、と千里は顎に手を当てて、再度考えた。
もうなったら元々決まっているもので決めよう。
「藤、花言葉は、えっと……。」
桜は"純潔"だったかな?
けど藤ってなんだったっけ?
「"恋に酔う""決して離れない"だ。」
その時、端正な声が千里に届いた。
いつものなら嬉しい声だが、今回に限っては千里は眉を寄せ、不機嫌に頬を膨らませながら振り向く。
「……なんつー顔してんだ。」
呆れた声。
宗にしては珍しく、緊張感のない話し方で。
「どっかのー誰かさんがー勝手にィー信用ならない人とぉーお出掛けの約束をしたからですぅー。知らない人にはついていっちゃいけません!そうおしえられたんだけどなぁ。」
上目使いで睨み付ければ、痛いところを突かれたのか肩を下げる。
大袈裟だコノヤロー。
ふんっと顔を背けながら口を尖らせれば、宗の顔が申し訳なさそうに歪む。
「悪かったって。」
「どーしてわたしが自分の命を縮めるようなことをしなきゃいけないんですか?」
「……面目ない。」
「どーぅせ、上手くコトを運べば姫様誘拐が可能かな?的なことを考えたんだろうけど。」
実際宗はもっと深いことを考えていたのだが返す言葉がなく、口を開かない。ここは彼女の愚痴を聞くほうが懸命だ、ということも分かっていたからだが。
「しかも夜兎がいるわ、伝説がいるわ、下手したら鬼もゴリラもいるでしょうに。」
「そりゃ愉快なパーリーだな。」
「笑えない冗談止めてよ。」
もう藤でいいや、心の中でそう呟いて男物の着物を手に取り、刀はいつもの二本に小太刀をひとつ胸のなかに忍ばせる。