第41章 クロスオーバー
「……めんどくせぇ」
夏の間、あれほど不愉快に耳を騒がせていた蝉の大合唱も、いつの間にか聞こえなくなっていた。
子供の頃、排水溝のザリガニ釣りに厭きて、大きな木の幹にしがみつく蝉を気まぐれに捕まえた記憶がふいに脳裏に甦る。
手の中で必死に腹を震わせるジジジという声が聞こえたような気がして、青峰大輝は、静かな窓に視線を向けた。
あれは断末魔だったのか──
足掻いて
もがいて
必死で鳴き続ける蝉の姿
それは、コートに立つ自分の姿と似ている気がした。
「大ちゃん。早くしないと、図書室閉まっちゃうよ」
「ヘイヘイ。ったく、夏休みの宿題って……ガキかっての」
「それは自業自得でしょ。期末で悲惨な点数とって、あわやインハイ行けないところを、課題を提出するって条件で許してもらったんだから……て、ちょっと大ちゃん!ドコ行くの!?」
「うっせーな。キューケイだよ、キューケイ」
乱暴に立ち上がった椅子が、静寂を好む図書室に最も歓迎されない音を鳴らす。
だが、投げかけられる非難の視線をものともせず、規則正しく並んだ棚の奥へと消える傍若無人な背中に、桃井は小さな溜め息をもらした。
インターハイで赤司に……洛山に敗けた。
全国から有能な選手をスカウトすることで、その地位を築いてきた桐皇には、いまだ真のチームワークと呼べるものは存在しない。
その原因を作っているのは自分だと頭では分かっていても、やはりそう簡単に馴れ合うことなど出来ないまま、今年の夏は無情にも終わりを告げた。
悔し紛れに本棚を強く叩く。
だが、ビクともしないそれは、あの時コートの上を圧倒的な力で支配していた赤い瞳を持つ王者の姿のようだった。
「くそ……っ」
いつかブチ破ってみせる。
海常をも寄せつけなかった“開闢の帝王”にいつか必ず。
準決勝の第二試合終了後、気丈に振る舞っていた青の主将のキズは癒えたのだろうか。
(まぁ、黄瀬にはアイツがいるしな……)
柄にもなく昔のチームメイトを心配する自分に自嘲の笑みを浮かべると、青峰はその長い足を大きく前に踏み出した。