第39章 セミファイナル
「さ。水原さん、行きましょうか」
氷室が去ったというのに、ジリジリと狭まる包囲網に結の身体が埋まっていく。
周りからだと、その存在はまったく見えないだろう。
「行くって何処に……」
「ロッカールームですよ。早く早く」
「あるんですよね、いつもの差し入れ。もうアレがないと黄瀬センパイが子供みたいに拗ねちゃって……フォローするのが大変なんですからね」
「ちょ、オレをダシにするなって!」
「じゃあ黄瀬はいらねぇんだな、差し入れ」
「う……そんなコト言ってないっス」
いつもの体育館で繰り広げられるようなリラックスした空気に、ホッと胸を撫で下ろす。
今、黄瀬が持っている大きなカバンの中には、確かに家で作ってきた大量の差し入れが入っていた。
「ありますよ。でも、私は行けませんからね。控え室は関係者以外は……て、聞いてます!?」
冒険映画に出てくるデンジャラスな仕掛け部屋のように、迫りくる青い壁が小さな身体を廊下の奥へと追いこんでいく。
そんな様子を、ただ嬉しそうに見守るキャプテンに向かって、結は救いを求めて手を伸ばした。
「黄瀬さん!笑ってないで、なんとかしてください!」
「結はもう海常の大事な一員なんだから、何の問題もないっしょ。皆、行くっスよ!」
「「うっす!」」
肩を組む巨体に流されるまま、結は青い波にのまれていく。
「ちょっ、こら!駄目ですって!」と無駄な抵抗を試みる背中に腕を回しながら、黄瀬は身を屈めてその耳にそっと囁いた。
「試合が終わったらゆっくり聞かせてもらうっスよ、氷室サンに話したノロケ話」
「……なんのことでしょう」
「オレから逃げられると思ってんの?」
手の甲と甲が触れ合うのを合図に、ふたりはお互いの指先をそっと絡めた。
(……冷たい)
一瞬頭を掠める嫌な予感を拭い去るように、結はその手を強く握りしめた。
第一試合
桐皇 88 VS 76 陽泉
第二試合
洛山 79 VS 73 海常
海常の夏は、全国ベスト4で終わりを告げた。
end