第39章 セミファイナル
「少し混んでるね。大丈夫?疲れたんじゃない?」
「は、はいっ!大丈夫です!」
会場へと向かう電車の中、結は氷室のスマートすぎるエスコートに落ち着きなく身体を揺らした。
車内の混雑から守るように、だが、あまり密着することなく距離をとるスラリとした長身。
その背中に降り注ぐウットリとした熱視線が、さっきから目に痛い。
(同じ帰国子女でもずいぶん違うんだな……)
誠凛のエースの少しばかり雑な性格を思い出しながら、高い位置にある氷室の横顔をそっと見上げる。
「どうしたの?なんだか楽しそうだね」
色気を湛えた瞳とスッとした細面の顔は、バスケのプレイスタイルと同じ正統派の美男子。
真っ白なシャツの上に羽織った淡いスミレ色のシャツは、彼の柔らかな雰囲気によく似合っていた。
「いえ。その陽泉カラーのシャツが素敵だな、と思って」
彼の弟の大雑把さにはあえて触れず、「有難う」と目を細める悩殺スマイルに引きつった笑みを返す。
「水原さんも、レモンみたいに爽やかなカーディガンが黒髪に映えて、とてもキュートだよ」
「きゅ、うと……ですか?あ、ありがとうございます」
聞きなれない褒め言葉にドギマギしていると、「やっぱり赤司だろ」「今日はドコが勝つと思う?」「イージスの盾はヤバいって」「特集組まれてた雑誌買っちゃった」「桐皇にはあの青峰がいるんだぜ」と車内で交わされる声が耳に入る。
赤や青などのバスケとは無縁に思える単語に反応して、つい聞き入ってしまう。
「私は海常のキセリョ推し!イケメンでモデルでバスケもうまいって完璧じゃん!」
「あ〜でも、なんか彼女いるんでしょ?有名だよ、結構長く続いてるって」
「その彼女がさ、なんかフツーのつまんないコだったらしくて、ファンの間で炎上したんだって。笑える〜」
こんなことは今に始まったことではない。
彼の隣にいれば、好奇や嫉妬の目に曝されることも、心ない言葉を浴びることも覚悟しておかなければならないのだ。
そしてそれは、きっとこれからも変わることはない。
(気にしない、気にしない……)
火神と兄弟の証であるリングが、電車の揺れに合わせて氷室の胸で鈍く光る。
結は、シャツの下で素肌をくすぐるペンダントトップを確認するように、胸にそっと手を当てた。