第33章 サイン
活気ある声と、磨かれたコートを鳴らす小気味いいバッシュの音。
ドリブル、パス、シュート。
体育館に充満する蒸し暑い空気を吹き飛ばすように、手から放たれたボールがリングに触れることなくネットを揺らす。
「よしっ!」と空を切るガッツポーズは頼もしくて、勇ましい。
インターハイに向け、今日の海常高校バスケ部の練習は、ゲームを中心とした実践的なメニューが行われていた。
「すいません、あの……」
背後から遠慮がちにかけられた声が、腕組みをしてコートを見渡すキャプテンの耳に届いたのは、その距離が近かったからに他ならない。
「ん?何」と振り向いた黄瀬は、マネージャー兼恋人である結のふらつく身体を間一髪のところで受け止めた。
「結!?ちょっ、大丈夫!?」
覗きこんだ彼女の顔はゾッとするほど白く、唇は完全に色を失っていた。
「澤田っち!悪い、こっち来て!」
昼から不在の監督に代わり練習を仕切っていた黄瀬の、緊迫した声が体育館に響き渡る。
「どうした!黄瀬……って、水原さん!?顔真っ青じゃないか!」
わらわらと集まってくる部員達が心配そうに見守る中、歓声とは異なる類の悲鳴があがるのも構わずに、黄瀬は結の腰に腕を回した。
「結、歩ける?」
よほど具合が悪いのだろう。
周りに気を遣って、必要最低限の接触しかしない彼女が、完全に凭れかかっているのが何よりの証拠だ。
いまにも崩れ落ちてしまいそうな身体を支えながら、もう片方の手で触れた首筋は、冷や汗でじっとりと濡れていた。
(熱中症だったらヤバいな)
半袖のTシャツからダラリと下がる腕をさすると、血が通っていないようなヒヤリとした温度に、黄瀬の眉が歪む。
「保健室は空いてないから、とりあえず外に連れてくっスわ。誰か一人、スポドリとクーラーボックス持って一緒に……」
最後まで言い終わる前に、すでに準備万端ですという佇まいの後輩と目が合い、引き攣っていた唇がわずかにゆるむ。
「俺、行きます」
それは一ノ瀬だった。
後は任せろ、と親指を立てる澤田にコクリと頷くと、黄瀬はざわつく体育館に背を向けた。