第9章 ラブラドライトの叡智
そこでふと、勝手にこの男の髪を切ったらアレスが悲しむかもしれないと思い、散髪を素直に諦めた。
「…って、何考えてんだオレはっ!」
何故この自分がニンゲンの感情を慮ってやらねばならないのか。あまつさえ寝入ったばかりのアレスを起こさないようにそっと戸棚を閉める自分を思い切りぶん殴ってやりたい。
「はぁ~…」
魂が抜けるのではないかと言うほど、深い溜め息を吐く。
サプレスの者がこの世界で活動する為には、多少のマナを消費する。どうにも力が抜けてかなわない。
バルレルはちらりとアレスを見やり、しかしすぐに視線を逸らすと音を立てずにテントから抜け出した。
悲しみに暮れるアレスの感情を喰らうのも良いが、周囲に漂う絶望感に食指が動く。
「今日は死者の魂で腹を満たすとするか」
バルレルは一度だけ舌なめずりをすると、夕闇の中へと消えて行った。
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