第1章 1「芥川とわたし」
「そっとしか触れられない」芥川/北風と太陽
貧民街を縫って辿り着いたのは、路地の行き止まり。逃げることも隠れることも許されない。諦めてため息を付き、後ろを振り向く。黒衣の長身、芥川が其処には居た。
「……来なよ」
そう言ったわたしの声は、震えていただろうか?
そっとしか触れられない
港近くの貧民街を根城とする麻薬の仲買人、それがわたしだった。しかし、商売の規模を大きくしていくわたしに対して、ポートマフィアは牙を剥いた。刺客芥川でわたしを抹殺し、その販売ルートを奪取しようという目論見だ。
……そんなもので殺せるほど、わたしは安くないよ。
芥川の異能程度なら易々捌く自信は有る。
「来なよ」
「何か勘違いしていないか。僕は公を殺そうとしているのでは無い。ポートマフィアは貴殿を抱えたいと考えて居る」
一員? どういうことだ。流れていた情報と違う。
「。ポートマフィア構成員として、今迄のように取引を進めて頂きたい。其の分行動に制約が掛るが、構成員としての報酬は貴殿の月収の倍払う」
倍、という言葉に生唾が口内に滲んだ。倍じゃ足りないよと強がれば、芥川は眼の色一つ変えず、ならば四倍だと言った。どれだけの額になるか分かっているのだろうか。
「そんな物で飼い殺せる程、わたしは安かないよ」
「此方に降れとは言っていない。此方で歩めと言っている」
「無茶苦茶を……」
「貴殿は、貧民街の出身だったな」
「其れが何?」
「街の暗部で育ち、ずっと独りだったのだろう。今更共に歩め等と謂われ、呼応できずに狼狽しているのだ、違うか」
うるさい! うるさい! 子供のように声を張り上げた。芥川はその黒獣を動かすことなくこちらを見る。わたしの声はそのうち震え出し、目頭も熱くなってきた。
なんで泣いてる、わたし。芥川に心蔵を貫かれた位で、痛くも痒くもない。はずなのに。