第1章 幼馴染
「なまえ!」
私は家族以外に自分の名前を呼ばれる時、ここまでしっくりくることはなかった。
「昨日もお前んちバタバタうっさかったわぁ〜!家ん中でプロレスでもしてるんとちゃう?」
でも今その声は、私の耳には悲しい波紋を残す。
「してへんよ」
「わかってるわ!!!」
「…」
「…え、ちょ、どないしたん?俺だけスベっとるみたいやんけ、何か言いや…」
彼女出来たんでしょ。
好きな人いるなんて、知らなかった。
こんなに近くに、こんなに長く、一緒にいたのに。
謙也とは付き合うとかそういう話になったことはなかったけど、いつかそんな日が来るんじゃないかなって漠然と感じてた。
謙也もそうなんじゃないかって、勝手に期待してた。
でも違ったんだね、
ただの思い込みだった。
謙也にとっての私って、本当にただの幼馴染だったんだ?
「おい、なまえ?」
「…遅刻する、行くわ」
「ちょ、なんやごっつ機嫌悪いなぁ自分」
なんやねん、と謙也が背後で呟いたのが聞こえた。
こっちの台詞だ。
謙也なんて嫌いだ。
朝から騒がしい教室。
いつもはそれに混じって大声で喋ったり、笑ったり。
でも今はそんな気分になれない。
「なんや気分悪いん?」
「…白石」
隣の席に腰掛けると、白石は穏やかな声で、こちらも見ずに口を開いた。
「まぁ、だいたいなまえの考えとることは分かるけどな」
「謙也には分からへん」
「分かるわけあらへんなぁ、あいつ鈍感の王様やし」