第9章 イチョウの木
イチョウの木が並ぶ河原。
小学生の頃からずっと通い道だったここは、大学生になった私には懐かしい場所になっていた。
「いろいろあったなぁ…」
東京からこっちに戻って来て、久しぶりに見たイチョウの木。
ここにはいろんな思い出があるけれど、記憶に新しい高3のこの時期。
それが、彼との思い出……
「あれっ、?!」
聞き覚えのある、私の名前を呼ぶ懐かしい声。
振り返ると、マウンテンバイクを押して近づいてくるその人…菅原孝支。
私の元恋人、いわゆる元彼だ。
「ここでよく2人乗りしてたよな〜」
「…そう、だね」
「またする?」
そう言っていたずらっ子のように笑う顔は変わらない。
横にあるマウンテンバイクを見て私は言う。
「もう出来ないじゃん」
確かに!と笑う孝支。
ほんとあの頃と何も変わらない。
秋風が吹き、その冷たい空気に身を縮こめる。
さすが東北は寒い。
少し厚めのカーデを着てきたというのに、風を通して体が冷える。
「寒がりは相変わらずだな」
「え」
フワリと何かが風を遮る。
「もう秋だべ。それ着ときなよ」
「あ、りがと…」
孝支は昔からそうだった。
私が寒がっていると、必ず上着を貸してくれた。
誰にだって優しいんだ、彼は。
懐かしい思い出と感覚に、ずっと抑えてきた感情が込み上げそうになるけれど、ダメだ。
もう今更、何をどうするっていうんだ。
「なぁ、は今好きな人とかいるの?」
ふと、そんなことを聞いてきた。
なんて答えたらいいんだろう。
いないわけじゃないけど、いると言って誰と聞かれたらどうしよう。
そもそも、なんでこんな質問をしているのかもわからない。
「い、いない…こともなくはない…」
「どっちだよ」
アハハ、と彼は笑う。
正直私からしたら笑えないのだが。
だってそれは、私がまだ彼を好きだからだ。
自分でも気づいていた。
ずっと、我慢してきた想い。
だけど伝えることは出来ない。
彼にとってはもう、過去のことだから。
「どうした?」
「…いや、大丈夫。帰ろう」
「ほんっっと、嘘が下手だなぁ」
「は…」
困ったように笑いながら、少しずつ近づいてくる。
ぽん…っと頭に置かれた手。
そのままスルリと後頭部を支え引き寄せられ、彼は呟いた。
「…もう離れないでほしい…」