第54章 ラヴァーズ・パニック Ⅱ
今から約1週間前、刑事課一係所属・宜野座監視官に、捜査命令が下りた。
その内容は、廃棄区画内にあるとあるクラブバーで、禁止薬物の売買が行われているらしいので、捜査せよとのことだった。
「……というわけで、この案件、我々一係が捜査を引き受けることになった。禁止薬物の取引が行われている現場を押さえ、現行犯逮捕を行う。いいな?」
一係オフィスにて、宜野座が捜査資料をホログラム展開させながら、一係執行官たちに捜査概要を説明している。
「薬の種類……、多岐にわたっていますね……。」
六合塚が、率直な感想を述べる。実際に取引されている薬物の種類・量ともに、定かではないが、ここに疑惑が上がっている種類の薬物だけでも10種類近くある。六合塚とて、薬物についてさほど詳しくないものの、その毒々しい色の薬物を見て、思わず眉を顰(ひそ)めた。
「……、このクスリは……、興奮剤に睡眠薬、それに筋弛緩剤……。いや、それだけじゃないな。どれも、法律で禁止されている薬物だな。一部、俺の知らないクスリも混じっているが……。」
狡噛ですら、見たことのない薬物も混じっている。狡噛は、その種類の多さに、半ば呆れている。
「そうだ。いくら廃棄区画で起こっていることとは言え、これは流石に看過できない。速やかに捜査を開始し、薬物入手経路も特定し、市民への被害を最小限に抑える。すぐにでも、潜入捜査の準備に取り掛かる。場所は、世田谷区にあるクラブバー、『ラブ・ラビリンス』だ。」
宜野座は、いつもの口調で淡々と話を進めている。
「……ですが、いいんですか?監視官。」
「何だ、六合塚。捜査方法に意見があるのか?執行官が監視官に意見するとは、余程の内容なのだろうな?」
宜野座が、眉間に軽く皺(しわ)を寄せながら、六合塚を見た。
「いえ。捜査方法に意見はありません。ただ……。」
六合塚が、若干困惑の色を乗せながら、口を開いた。
「そこは、カップル専用のクラブバーだったはずです……。」
「ど、どういうことだ……!?」
宜野座の眼鏡が、彼の顔から若干ずり落ちた。