第50章 御伽話 Ⅵ
「でもさ……、朝倉がどうやって禁止薬物なんて入手したんだろ……?明らかにオカシイって。っていうか朝倉、あんなカプセル、自分で飲んだのか、飲まされたのかすらも……。」
「……そうだな。」
宜野座のいない刑事課一係オフィス内に、縢と狡噛の声が響く。
今回の事件も、不審な点が多すぎる。狡噛の指摘するように、共犯者がいないと考える方が不自然な事件なのに、その共犯者がいったい誰なのか、朝倉の人間関係からでは全く分からなかった。ハッキング・クラッキングの痕跡も辿ったが、得体の知れない海外サーバーを幾つも経由しているらしく、一応辿ってはみたものの、その捜査は難航し、このまま打ち切りになるだろうとのことだった。
狡噛は、煙草に火を点け、ふう、と溜め息を吐いた。煙はぼんやりと上へあがってゆらゆらと揺れたが、それもすぐにかき消えた。狡噛は、何かを話したいような気分でもないらしく、ただひたすらに、煙草を吸っては、煙を吐いていた。縢とて、そんな狡噛に話し掛けられるほどに無神経ではない。だから縢は、ひたすらに吐き出される煙を、ただ見つめ続けた。
その煙を見ながら、縢は何となく感じていた。そう、もうすぐ―――――その「もうすぐ」がいつなのか、それは分からないが――――――――この先、「何か」が起こるような、そんな気がしていた。檻の外には、空が広がっている。今日も、この『健康な市民たちの住む街』は穏やかで、警報ひとつ鳴らない。しかし、「何か」がひたひたと、静かな足音を立てて近づいてきているのではないか――――――。そんな風に思えたのだ。
縢は、まるで“はじめから存在しなかった”かのように消えていく煙を見ながら、曇天へと視線を移した。