第1章 プロローグ
デスクの引き出しを開ける。ソフトが数本、無造作に入っているが、どれもこれも、クリア済みのものばかり。次の新作はいつ発売だっけ、なんて思いつつ目を閉じて息を吐きながら、デスクの引き出しを戻した。目を閉じて浮かんだのは、さっきのエンディングのキスシーン。何浮かべてんだ、俺。仕事じゃもっとグロテスクな惨劇にも、アレな場面にも遭遇している。犯人の男が今まさにいきり勃ったナニを女に挿入しかかっています、なんて場面にも居合わせたことがある。正直、何も感じるところはなかったが。今更、他人の、しかもポリゴンの男女のキスシーンなんて、何だってんだ。
「――――――――ハッ」
自嘲的な笑いが漏れる。分かっている。自分でも分かっている。別に、キスシーンにどんな感慨も抱かないが、そう、簡単な話。自分でも認めたくない類の感情だが、自分の中で生まれた感情だ。自分の中で処理する他はない。俺は、単純に「羨ましい」のだ。ああやって、「普通」に、好意を向けあえるようなことが。俺は物心ついた頃から、既に『潜在犯』だった。治療更生の見込み無し、本当なら、その一生を施設で暮らすことをこの「社会」から運命づけられた―――――――――ヤメだ。
もう濁りきっているのだから、これ以上色相が濁ることを恐れる必要は全くないが、それとは別のところで、こうして自分の醜い感情を自覚するのが、どうしようもなく嫌だった。
俺はひとまず頭を冷やすべく、携帯ゲーム機の電源を切って、一係のオフィスを出た。