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シャングリラ  【サイコパスR18】

第29章 残響


 少し経ってから、秀星くんの短い溜息が聞こえた。
「ちょっと『仕事』で怪我しただけだよ。」
「!」
 やっぱり、そうなんだ。
「別に、大した怪我じゃないよ。数日後には跡形もなく元通りなぐらい。」
「でも……」
「それに、公安局には腕の良い医者がいるし、最新の手術設備(オペシステム)も完備されてる。即死しない限り、まず死なないって!」
 いつもの顔、いつもの声。どんな怪我をしたかは分からないけど、秀星くんの様子を見るに、今の彼は普段通り。
「だから、もういいじゃん!今日は、俺特製の、牛筋煮込みカレー!勿論、食べてくよね!」
「……、うん。」
 俯いていると、不意におでこに指の感触。
「……、え、ちょっ!?」
 慌てて見上げると、秀星くんの悪戯な瞳。私、指で突かれた?
「へへっ、隙あり!」
「な、何それ~?」
「そんな顔してっからだよ!それに……」
 イヤだな。私、秀星くんにどんな顔してたんだろう。
「それに?」
「元気が出るおまじない!」
「何それ……」
 「おまじない」なんていう単語、実際に日常会話で使われてるの、初めて聞いた気がする。
「1回じゃ効果薄いなら、もっと違う場所に指以外で重ね掛けするけど?」
「も、もう充分!」
 秀星くんは、ケラケラと笑っている。私は、以前の濃厚な触れ合いを思い出して、一人で火照っている。そんな私の様子を見て、秀星くんは吹きだして笑っていた。
「ぶはははははは!悠里ちゃん、かっわい~!」
 言いながら、秀星くんはキッチンカウンターへと消えていった。

 私は、テーブルに残った金平糖の小瓶がキラキラ光っているのを見つめながら、頬の火照りを冷ます。


「秀星くん……。」
 声にならなかった私の呟きは、誰の耳に届くこともなく、秀星くんの「料理」の音に溶けていった。





 帰り道、珍しく曇り空の間に僅かに見えた星。都市部では、星が見えることなんてほとんどないのに。でも、星はまたすぐに闇へと飲み込まれていった。その光景を、私はただ見ていた。






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