第15章 官能クライシス Ⅰ
「しゅ、秀星くん……。」
「ごめん。突然、「帰って」なんて言って、ごめん。」
秀星くんは目を伏せて、それだけを言うと、私に背を向けた。そして、そのままゆっくりと歩き出した。――――――待って。
「待って、秀星くん……」
私が言っても、秀星くんは待ってくれなかった。
「―――――待って。」
私は、自分の両手を伸ばして、秀星くんの左手首の辺りを掴んでいた。秀星くんの手も、腕に付けているデバイスも、ひんやりと冷たかった。
「悠里ちゃん……」
「ごめんなさい。私、狡噛さんから、色々きいたの。『犯罪係数』のこと、『執行官』のこと、『更生施設』のこと、それに、この『社会』のこと。」
「……。」
秀星くんは、振り返ってもくれない。でも、続ける。
「私ね、やっぱり何も知らない馬鹿な『市民』だけど、それでも、私は、秀星くんが、好き―――――」
涙があふれてきた。でも、続ける。
「ごめんね、秀星くんが迷惑なら、もういい。もう仕事以外では話しかけないし、私からメールもしない。だから、最後に教えて?」
あーあ。やっぱり、涙をこらえるのって、難しい。結局、涙が頬を伝う。秀星くんに伸ばしたうちの、片手だけを離して、自分の目元を拭う。涙は止められないけど、秀星くんは見てくれないけど、めいっぱい、笑顔を作って尋ねよう。
「秀星くんは、私のこと、どう思ってたの?」
「…………。」
秀星くんからの返事は無い。でも、それはそれで仕方ない。私が原因で、秀星くんにはたくさん、嫌な思いをさせたから。
私は、もう片方の手を、秀星くんから離す。秀星くんの手も、デバイスも、その両方が冷たかった。秀星くんは、振り向かない。
「じゃあ、また、お仕事では会うと思うけど、その時は前みたいに、笑顔見せてね。おやすみなさい。」
私は、名残惜しいけど、秀星くんから背を向けて、歩き始めた。一歩、二歩、と歩み始める私の足取りは、思ったよりも重いものになった。未練がましい私。