第1章 情けない狼~土方歳三編~
「私の年季明けが決まって、
郷里に帰る前にもう一度その人の所へ行きました。
形見分けをお願いしようと思ったんです。
断られるかとも考えたんですけど、快く承諾して下さった。
………良い人だったんですよ、本当に。
ずっと慕っていたあなたなら葛葉も喜ぶだろうから
何でも好きな物を持って行ってくれと……。」
君菊はその手の中にある簪を愛おしそうに見つめた。
「それで……その簪を?」
「ええ…歳さんに貰ったって、
葛葉がとても喜んでいたのを覚えていましたから。
では、この簪を…と申し出ると何故かその人は
悲しそうに笑いました。」
「……………?」
俺は意味が分からないというように眉を寄せた。
「どんなに高価な物を買い与えても、
葛葉は喜んで受け取るけれど身には着けなかったそうです。
身に着けるのはこの簪だけだったって…。
だからその簪には、自分では立ち入れない
何か大切な思い入れがあったのだろうねと……」
「君菊、すまねえが………」
俺は耐えられなくなって、君菊の言葉を遮った。
「もう………勘弁してくれ………」
気を抜いたら泣いてしまいそうで、俺は顰めっ面を崩せない。
「ごめんなさい。
土方さんを苦しめるつもりじゃないんです。
唯……葛葉は最期まで幸せだったと伝えたくて……」
そう言って君菊は俺の手を取って簪を握らせた。
「貰ってやって下さい。
土方さんに持っていてもらった方が
きっと葛葉も喜びます。」
「もう、お会いする事もないでしょうけど……お元気で。
どうか……ご武運を………」
君菊はそう言い残して帰って行った。