第5章 僕は風 君は空~沖田総司編~
庵から山道を少し登って行くと、途端に拓けた場所に辿り着いた。
そこに一本の大きな桜の木が威風堂々と立っている。
枝を空に向かって一杯に拡げ、満開の花を咲かせていた。
その淡い桃色の花弁自体がまるで発光しているみたいに、その辺りをぼんやりと照らしている。
その見事さに僕は言葉を失い、ただただ桜を見つめていた。
「ああ……綺麗だなぁ……」
漸く陳腐な言葉を紡ぎ出して、僕はその大木に身を預けるように腰を下ろした。
『誰も居ない』その場所は、まるで僕の為だけに用意されたみたいだ。
上を見上げると、僕に覆い被さるように咲き乱れる桜の隙間から濃紺の空が拡がり、無数の星が瞬いている。
有希ちゃん……
君は空のような人『だった』。
朝焼けのように笑ったり、黄昏のように泣いたり……
澄み渡る青空のように僕を包み込んでくれた。
そんな君が居て『くれた』から、僕は風のように自由に生きられたんだ。
東の空が徐々に紫色に染まっていく。
ああ……有希ちゃん。
笑ってくれてるの?
お願い……もう一度、僕を抱き締めて。
僕は両腕を空に突き出すように目一杯伸ばした。
濃紺から紫に…そして紫から淡い水色に……
空の色が僕に向かって変化していく。
「有希ちゃん……ありがとう。」
笑顔でそう呟いた僕は伸ばしていた両腕で、自分の身体を力強く抱き締めた。
「そうだね。
約束だよ………有希ちゃん。
来年は……三人で此処に来ようね。」
了