第8章 狐火
秋になると狐をよく見かける。神の使いだからか、民は皆彼らを見つけると喜んでいる。だが俺は嫌いだった。神なんてものは信じないし、人を騙す奴もいるのだ。そんな狐がなぜ崇められるのか、俺には理解が出来なかった。
秀吉様が亡くなってひと月。風が徐々に冷め始めた、秋口の事。俺の屋敷を訪ねるものがいた。
「ソラ?」
それはお家のために遠くへ嫁いだ、幼馴染み。俺を見つけるなり飛びついてくる。慌てる俺はその背中を抱きしめようか悩んだ。そうだ、昔からソラはこんな奴だった。俺の鼓動を高鳴らせる、初恋の人。
つい先日秋野氏が暗殺された話は耳にしていた。どうなったかと案じていたが、良かった。あの方がいなくなったばかりだ。ソラの姿は、胸をほっとさせる。
「三成、筆ばかり動かしてる」
そう言うとソラは俺の背中に被さってくる。昔じゃれあったことを思い出す。体を密着させるな。もう、俺も子どもではないのだぞ。
「ねぇ、遊ぼ」
ソラに導かれるように、俺は外へと足を運んだ。
「付いて行きましょうか、殿」
重臣・左近が気にかけてくれたが断った。だが、少し後ろにいることは解っている。当然だ。俺は今、徳川派にいつ狙われてもおかしくはない。
緊迫した事情をよそに、ソラはどんぐりを拾っては眺めている。
「昔と遊びは変わらないな」
昔のままの潤んだ瞳に見つめられる。まるで体だけが発達しているようで、色気に戸惑う。
「三成は、変わった」
近づく、距離。
「大切なモノが、出来たんだね」
そっと俺の心臓に手を当てる。
大切なモノ。
それは秀吉様への忠義。仲間への信頼。
「三成は間違ってないよ。その気持ち、大事にしてね」
私がお嫁に行くときも、止めてくれれば良かったのに。そう笑っていた。
翌朝目覚めると、彼女はいなくなっていた。
ただ残るのは、彼女が昨日拾っていたどんぐりの実。
「ありゃ、狐火でしたかな」
「左近、どういうことだ」
「…想いを、狐に託して会いに来たんです。ソラさんはずっと心に、殿を思ってたんでしょう」
ソラの安否は、未だわからない。あれは果たしてあなただったのか、はたまた神の遣いだったのか。
最後の伝言。俺は間違っていないのか。俺を見守ってくれているのか、ソラ。
完