第1章 真白の君
男は早足で自室へと向かった。
これ以上あそこに、真白の君ー鶴丸国永のそばにいることは憚られた。
八つ当たりしてしまいそうだったからだ。
男は拳を、指先が白くなるまで握りしめた。
その気がないのなら、期待させないでほしい。
分かっている。
彼は刀剣男士だ。
刀剣男士は皆、主である審神者に忠誠を尽くし好意をもつようになっている。
それを期待させるようなことをするな、優しくするな、などということの方が酷という話だ。
ふと男の脳裏に浮かんだのは、鶴丸国永と数週間前にきた太刀の並ぶ姿。一期一振だ。
鶴丸国永は、たぶん、おそらく、一期一振のことを好いている。
それこそ、男が鶴丸国永に対する想いと同じ温度で。
男は自室の襖を開けると、箪笥から布団を取り出して適当に敷く。
その上に倒れこむようにして、横になった。
ズキズキと痛む胸の痛みを和らげる方法は知っている。
細く長く息を吐けば、それだけで幾らか呼吸がしやすくなる。
「はっ、わらえる」
溢れた言葉は乾いていた。
誰にも拾われることなく、男は自嘲気味な笑みを浮かべる。
さすがに涙は出ないが、それでもこの失恋は男を臆病にさせる。
胸を埋めるのは、鈍い痛みと後悔。
なんで言っちゃったかなあ。
小さく呟いた声は、枕に吸収されて消えていった。