第3章 閑話休題:山姥切国広
山姥切国広は男の初期刀である。
自分が初めて顕現されたときのことを、山姥切国広は今でもはっきりと覚えている。
人の姿を得て初めて見たものは、主である男と己の周りを舞う桜の花びらであった。
その時の主といえば、今より幼く頼りがなかった。
自分を見る目がただひたすらに輝いていて、山姥切国広は彼が心底苦手だった。
それからしばらくの間は、この広い本丸にたったの一人と刀一口で過ごした。
会話という会話はほとんどなく、二人の間柄はどこまでも他人行儀だった。
それでも幾らかの月日を一緒に過ごせば、距離が縮まり情が湧く。
始めの頃は部屋の隅で小さくなっていた山姥切国広も、いつしか男について行くようになった。
山姥切国広が不器用でどうしようもない男に絆されるのに、それほど時間は要しなかった。
そうして過ごしていくうちに、一振り、また一振りと、ゆっくりではあるが仲間が増えていき、気づけば二十を超える刀がこの本丸に集まった。
その中でも、山姥切国広は鶴丸国永と主の出会いが未だに忘れられずにいる。
長いこと主の側にいるからか、山姥切国広には主の考えていることも行動パターンも大抵のことが把握できた。
だから、己の主が鶴丸国永を見て特別な感情を抱いたのも、それが恋とか愛とか呼ばれるものであるということも、山姥切国広には手に取るように分かったのだ。
初めて見た、喜びとも期待とも羨望とも違う感情を浮かばせた主の表情は、山姥切国広の中に鮮烈に残った。